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平成13年4月28日(土)24日目
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ルートと宿泊先
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JR安房鴨川駅(千葉県鴨川市)〜大本山清澄寺旭ヶ森(千葉県安房郡)
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| 昨日、夕食の時の出来事です。最後の夜だからみんな一緒に食べようという事になっていました。しかし夕食はバイキング形式。思っていたような食事にはなりませんでしたが、仕方がないのでそれぞれ料理をお皿に盛って、乾杯をして食べ始めました。しかし一人だけムッとした表情で食事をする男が一人。その名は児玉真人。彼が料理を持ったお皿をテーブルに置いた時点でハッと気付きましたが、彼が発した言葉はこうです。「みんな自分の分だけ取ってきたんかい!!」一同静まりました。浅野会員、末吉会員も同じ気持ちだったようです。彼の師父児玉宜海上人もそうですが、彼はここまで一緒に行脚してきた仲間と、一緒に食事をしたかったのでしょう。単に同じテーブルに座るというだけでなく、一緒にです。うまく彼の気持ちが伝えられないかもしれませんが、彼は他の会員と一体になっているんです。『異体同心・同行賛美』という言葉があります。信仰を同じくする者同士が共通の目的に向かって一致団結し、またお互いの事を讚えあうことですが、児玉会員はまさしくそういう気持ちだったのでしょう。深く反省し、児玉会員を尊敬しました。彼は誰よりもこの行脚隊のことを大切に考えていたのだと知ったからです。 そういうこともありましたが、28日の朝にはみんな気持ちを引き締め、最後の行脚に出発しました。安房鴨川駅を出発したのは午前8時20分。清澄寺までは約12キロ弱。いつものハイペースで快調に歩き、予定通り行脚隊は進みます。途中で日本山妙法寺の平和祈念行脚の方々と合流する予定になっています。四日市でお世話になった伊藤立教上人が、私達のことをいろんな方に話してくださって、日本山妙法寺との御縁を頂くことができたのです。目の前に日本山妙法寺の方々の姿が見え始めた時、ちょうど清澄から伝道車の行列がおりてきました。伝道車に乗っているお上人方はみんな合掌してくださっています。涙が出てきました。その中には藤井寛清上人も。藤井上人はものすごく喜んでくださっています。「おめでとう!」と叫びながら、散華を私達に向かってまいてくださいました。子供のようなはしゃぎようでした。嬉しかった。日本山妙法寺の皆さんとも無事会うことができ、お互いの所行を讚えあい、お題目をお唱えして別れました。日本山の皆さんの平和祈念行進は8月に広島・長崎に到着します。毎年行っておられることですから大変なことです。無事圓成をお祈りいたします。 ここからが坂道が続きます。箱根級の坂道です。息を切らしながら休憩を取りつつ、交代で歩きます。あと僅かです。総門が見えました。ここからは全員で頂上を目指そうと決めていました。あと1キロ。藤井上人と前田上人の協力で、車を清澄寺まで運んでもらい、藤井上人も一緒に歩いてくださいました。ここからはみんな涙目です。お題目も嗚咽に変わるほどです。山門近くまで来ると、清澄寺の役員、千葉県南部青年会の皆さんが団扇太鼓を打って迎えてくださいました。もう涙が止まりません。夢のように思っていた最終目的地に着いたのです。感無量とはこういうことを言うのだと肌でわかりました。山門をくぐると奥村別当猊下、東執事長始めお山にお勤めするお上人方がおおぜいおられました。 行脚隊はそのまま日蓮大聖人像のある旭が森に向かいます。執事長もお上人方も一緒に旭が森まで来てくださいました。大聖人の御前に到着し、読経唱題。続いて祖師堂での報告式に臨みました。出発の時、花島晴昭上人・児玉宜海上人からお預かりした、横川定光院の勉学の祖師像のお写真を奉安し、北村委員長を導師に奥村別当猊下も御臨席くださり、東執事長・千葉県南部のお上人方、藤井上人・前田上人が報告式に列席してくださいました。会員一同心を込めてお題目を唱えました。奥村別当猊下からは「皆さんのお題目を待っておりました」とお祝辞をいただきました。東執事長も涙声でお祝いのお言葉をくださいました。これで24日間に亘る清澄行脚は終りです。 チュート半端な日記ですが、これにて行脚日誌の完結とさせていただきます。 応援していただいた方々に深くお礼申し上げます。インタネットという場でこの清澄行脚を公開して本当によかったと思います。今まで出会ったこともない方から沢山の応援メール、掲示板へのメッセージをいただいたことが、どんなに私達のエネルギーになったか計り知れません。清澄に到着した時、インターネットで清澄行脚のことを知り、安房鴨川駅から私達を追いかけてきたという親子に出会いました。私達の知らないところでも心から応援して下さっていた方がいらっしゃるんだと知りました。しかし本当に私達の力のもとになるのは誰よりも非難して下さる方なんです。そういう方がいらっしゃるからこそ私達も自分のいけないところ、足りないところに気付かせていただくことができるからです。そういう意味では私達の行脚は恵まれすぎていたと言えるでしょう。それはそれで有難く思うべきであり、感謝するべきことですから比較することはできませんが・・・。 この行脚には青年会としての目的はありましたが、加えて会員それぞれの想いがこもっていました。衣の帯に檀家信徒のメッセージが書かれている会員もいました。彼は毎日その帯を身につけて行脚していました。また祖父であり師匠の遺骨を肌身離さず行脚している会員もいました。一々口には出さずとも、おのおの思いを秘めて行脚に取り組んでいたのです。 書きたいことはまだまだありますが、最後に藤井上人の事と、もう一人影から私達に協力して下さった方の事で振れておきたいことがあります。藤井上人は、26日の伝道車結集の前、丸一日かけて会員のお寺を回ってそれぞれの家族からメッセージを書いてもらい、それを寄せ書きのように張り合わせて清澄の祖師堂前に張り出してくださっていました。きっと手間も時間もかかっただろうに、ただただ行脚の無事圓成を祈り、私達を讚えるお気持ちで作ってくださったのでしょう。今こうして日記を書いていても思い出して涙ぐんでしまいます。前にも書きましたが私達は名も徳も無いただのなまくらな僧侶に過ぎません。そんな私達を「菩薩」と呼んでくださった藤井上人に感謝します。そしてもう一人の影の協力者、毎日の日記を掲載して下さった日月光明舎WEB-MASTERにお礼を申し上げ、この日記を終えさせていただきます。 皆さん有難うございます。私達はこれからも頑張ります。法の為に、人のために、世界の永久平和が実現するまで。 PS 明日はおまけ日記、身延山に行脚成就の奉告の巻を掲載する予定です。 ここで書ききれなかった事も含め、清澄行脚の記念誌を作製しようと思っています。 そしてお楽しみ、【S吉のまめマメ日記】もお読み下さい。 【S吉のまめマメ日記--無理やり完結編--】 「清らかな澄みきったお山へ」 〜研ぎ澄まされたコンビネーション〜 4月5日横川をスタートして以来、この日がホントにくるのかとみんなが思っていた。朝起きると、とうとうこの日が来たんだなと海を見ながら・・・。 始まった当初、行脚の足と団扇太鼓・お題目、それぞれがけっこうバラバラ。ペースがつかめていないせいもあってか勾配や疲労度によって、速くなったり遅くなったりと、なかなか上手くいかない。それが最終日には、研ぎ澄まされた一本の唱題の列となって、勇ましく清澄寺の門をくぐることとなる。常に一定のお題目のペースを保てるといいのだが、足の速さ・交通の状況など様々な要因によって左右されるので、対応していく力・協調しようとする力が必要とされてくる。でもこのことについては、一度ぐらいかなミーティングしたのは。あとは日を追うごとに同じ目標のもとに心が通じ合っていくように、その日の状況に応じた歩き方・打ち方・唱え方を全員で行なえるようになってきたように思える。【エレガントな行脚】歩くのは一心に清澄寺をめざしてサクサク歩き、太鼓は速からず遅からず、時には道の変化の注意を促すように緩急ある打ち方、お題目に関してはどうしても音の上下が出てくるため、各々の高さを認識しながら平均のとれた唱題を作り上げていく。このようなかたちで、23日の間に研ぎ澄まされた行脚隊と化していったのである。なんとすばらスイ〜! おお〜っと、もう少しで声明師的見解になるところでした。あぶないあぶない。(笑) え? ところでトータル歩数は、って? そうでした万歩計の行末ですね。S吉個人の歩数となりますが、トータルではナ・ナ・ナンと、492,351歩です。 びっくり! 50万歩近く歩いていたのです。 おおいわちゃんは、どうやらこのままホワイトハウスで終りのようですね。(明日変化しそうだったのに・・・残念) でもホントよく歩きました。 今日の旭が森&祖師堂では、涙が出てきましたよ。 御祖師さま・虚空蔵菩薩さま・御縁のみなさま、本当にありがとうございました。明日は、御奉告に祖山身延へ参ります。どうかこれからもお見守りくださいますようお願い致します。 お寂しいですが、一応今回でS吉は「まめマメ日記」を卒業いたします。 たわいもない話・まとまりのないような話で、読みづらかったとは思いますが、その日思ったことなどを気持ちが第一に伝わるようにと心がけて書いてきたつもりでございますので、なにとぞ御勘弁を・・・。 また機会あらしゃいますればお逢いいたしましょう。 合 掌 身延より Sきち |
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今日で行脚も終わり、、
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目的地は近い!
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日本山妙法寺の激励
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互いにエールの交換
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伝道車とも再会
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結構キツイ山道
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定光院の祖師の写真を胸に
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清澄寺のお出迎え
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いよいよ、、、
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一歩一歩かみしめて
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ここ迄来ました!
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この日が来た!
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感無量です
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旭ヶ森の祖師像
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さあ祖師堂へ!
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清澄寺別当猊下
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定光院祖師像の写真を奉安
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ただただ感謝
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嬉しかった「寄せ書き」
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寄せ書きに見入る
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家族からの激励に涙
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最後の記念撮影
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清澄寺祖師堂
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お昼をいただく
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御馳走になりました!
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