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私の京都→清澄行脚の感想は実に単純なものだと思っておりました。ただ、600kmを歩いた。この一言だけであると考えておりました。私は、身延も立正も出ていない普通の大学を出た僧侶であります。その為に、この行脚の本当の意図が当所知ることが出来ませんでした。しかし、清澄に到着し旭が森の日蓮大聖人像を拝した折には私には難しい言葉では説明できないのですが、まだ知る由も無かった京都比叡山定光院を下山され清澄の御山で「南無妙法蓮華経」と初めて御題目をお唱えに成られたその気持ちが少しでも感じられた事により信仰心をもっと熱く持ち普通の大学を出ているからなど関係なく日蓮宗僧侶としてこれからここから始まるのだ。と、そう感じました。ただ、清澄行脚を完歩したからといって何もえらく自慢する事ではありません。1週間、私は法務のために抜けその間に静岡を渡り歩いてきた諸先輩方は本当にたくましかった。1週間抜けた後の翌日の箱根峠越えは本当にきつかった。その先の1週間も一番年下の私だけハイペースでする行脚はきつかった。最後に、ゴールし旭が森に立たれている御祖師様を拝した際に流した涙、、、。このような様々な体験が、私の中には刻まれております。生涯二度と出来ないかも知れないこの行脚を通じて「これから何をすべきか?」を大切にし精進していかなければならない。と、今はただそう感じております。 川口 智徳 |
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