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 身体のどこかしらに今だに残る痛み。足の裏のマメの残骸。ふとした時に思い出す。 そうだ・・・歩いたんだ。

 みんなの身体が「僧侶」から「行脚サイボーグ」になったころ、私は合流した。日に日に、というより時間を追うごとに私の歩くペースが落ちていく。前の背中がだんだん小さくなっていく。ただお題目を唱え、一心に歩くだけ。
 「大丈夫?」 (大丈夫じゃない)
 「頑張って下さい」 (頑張ってるやないか)
心配してくれる後輩とこんなやりとりが続く。
伝道車が見えた。休憩だ!  ヨロヨロしながらみんなのもとへ。
お茶を一口、たばこをプカリ。さあ出発だ。・・・足が動かない・・・。
みんなが経験したことだ。頭で分かっていても身体がついてこない。やっと宿に着い た。夕食までにみんなは風呂に行く。私は・・・動けない。そんな日々が続いた。

5日目ぐらいだっただろうか。急にみんなのペースについていけるようになった。「これがお題目の力なのか?」などとガラにもなく考えていると、みんなの目が変わった。私は「お客様」から「メンバー」になったのだ。後は「行脚サイボーグ」になるだけだ。

しかしそれは叶わなかった。私は途中メンバーの出発を頭を下げて、いや頭を上げることが出来ずに見送った。お別れ・・・。自然と涙が溢れてくる。ここまで頑張れたことに感謝し、今後をみんなに託す。
  俺の分もよろしく・・・。
帰路につく。様々な思いが蘇る。合流した日、妙な雰囲気を感じた。途中のみ参加という私を煙たがっているのではないか。  しかしそれは私の思い違いであった。そういえば後輩が“今日も無事におわりました”というメールをいつも送ってくれていた。私もず〜っと仲間だったんだ。

「24日間、フルに歩いたヤツだけがエライんじゃない。1日しか来れなかった者も、10日歩いた者も、1日も来れなかった者も、みんなゴールするんだ。全員が参加なんだ」
出発前こんなことをいっていた。これが京都日青の『清澄行脚』なのだ。

このような長距離・長期間に渡る行脚をすることは二度とないだろう。いや、するはずがない。
メンバーのみんなよ、素晴らしい感動と経験をありがとう。そしてお互いにご苦労様でした。

 杉山佳裕 拝


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