ホームへ戻る
 
私はこの行脚にほんの数日間でしたが、参加させてもらって本当に良かったと思います。始まる前は、歩くこと自体はそんなにイヤじゃない方でしたが、この長期と長距離に、何故こんなことをやるのかという疑問と、そんなことをやってもという否定的な気持ちが多かったことは確かです。ですが、いざ参加してみて、行脚にかける周りの人達の熱意と支援、お題目から頂いた絆、実際に歩いてみて歩けたという自信、等々が重なり合って自分の中の気持ちも大きく変わっていき、もっと歩きたいという気持ちに変わっていました。ただ、自坊の諸事情、季節的な要因も重なってもいたため、日数を取ることが出来ませんでした。それでも、もう一度どこかで、数日間でも参加したい、でも同じ行くなら最後の場面を見てみたい。これは自分がということではなく、他のみんなの努力の成果、頑張り、ご苦労をこの目で見てみたい。出来るならばビデオカメラを持って行って、その感動をビデオに撮りたい。もちろん、私のように初めの数日と最後の数日だけで、全行程制覇の人達と肩を並べてゴールインなんてことはおこがまし過ぎることは、十二分に分かっています。美味しいとこ取りと、うしろ指さされるかも知れない。でもそれ以上に、初日の感動を見てしまっただけに、絶対最終日の感動も見てみたい。たとえ仲間外れにされても、一日でも参加させてもらった者としては、木の陰からこっそりとだけしか見せてもらえなくても、見せてもらい、ビデオに撮っておく価値があると思いました。幸いなことに、周りの人達もホームページを見てる方がいらっしゃって、もう一度参加したい旨を伝えると、快く了承していただきました。私のような者でもホームページの載せていただきありがとうございました。そして、いよいよ再合流の日、私は、新幹線で新横浜に行き、横浜から京浜急行で久里浜まで向かいました。久里浜港のフェリー乗り場で11時に合流の約束をしていました。実は心の中では、もう少し手前で合流できればと考えていました。前もって地図は見ていたので、大体の地理は分かっており、電車と国道が併走しているのも分かっていました。うまくいけば、歩いている姿を電車から見れるかもしれない。そう思うと嬉しくなってしまい、全然距離が離れているのに、横浜で乗ったときからソワソワまでの外を眺めていました。一生懸命探したのですがなかなか見つかりませんでした。久里浜の駅の放送があり諦めかけた瞬間、休憩をしている行脚隊を見つけました。「おーい」さすがに電車の中なので叫びはしませんでしたが、とにかく嬉しくて思わず身を乗り出して窓から手を挙げていました。休憩中だから一人ぐらいはこちらを見て気付いてくれているのではと、期待していました。しかし、後から聞いてみて、誰も見向きもしていたかったということです。冷静に考えてみたらそうでしょう。乗っているのが分かっているならまだしも、元鉄道ファンの私だったらじっと見ていたかもしれないが、普通の人は、電車は電車。せめて、窓を開けて叫んでいれば、気付いてもらっていたかも知れないが、そんなことをしていたらまた笑いのネタにされていたでしょう。行脚隊を見つけた私は、駅の階段を走り降り、国道の方へ駆けていきました。そして、交差点の所で、追い付きました。夢中で手を振っていました。みんな元気に歩いている。お題目の声、一歩一歩の足取りの力強さ、日に焼けた顔と腕、その全てに、ここまでの頑張り、苦労を感じ、胸にジンときました。顔を見れた喜び、一緒に歩ける喜びでいっぱいになってました。しかし、半分の人は私に、気付いてもらったのですが、あと半分の人は、しばらく分からなかった人と、なぜこんな所に、立っているのかという驚きの人がいてなかなか面白かったです。合流してすぐに気付いたのは、歩くスピードが何か違う。少し速いのではないか。帰っている間、毎日少しずつは歩いていたのに追い付いていけない。みんな疲れているのではないのだろうか。思っていたのとどうやら反対のようです。みんな鍛えられて完全にパワーアップしてました。ほとんど競歩をやりながら行脚をやっているようでした。このことが分かっていたら早歩きの練習していたのに。他管区の行脚隊を撃破してきたと言われているのも納得できました。他の人達は、京都から疲れ切って、または足を引きずりながらやって来ると思っているでしょうから、このパワーアップしたのには着いていけるわけがないのです。その時、ついた名称が「高速行脚隊」良い名前だと思います。是非、この名前は残してもらいたいものです。スタート時点の時は2キロ30分だったのが、最終日には、2キロ18分出歩いていました。速いはずです。一方ビデオの方ですが、自分自身の中に、あまり厚かましく取りまくるのも失礼に当たらないかという考えがあったのと、何よりも先程も書いた様に、行脚隊のスピードがあまりにもハイペースな為、十分間合いをとってからの撮影が出来てませんでした。帰ってから映像を見てみると、改めて自分のアングルの下手さを感じました。思い出にとして考えると、もっともっとがめついと思われてでも、撮っておいた方が良かったのではないかと悔やまれます。清澄の山門をくぐる瞬間をもう少しかっこよく撮れなかったかと反省しています。これも、みんなが喜んで見てもらえるようなものを撮れるよう勉強していかないと行けないと思っています。大変長くなってしまいましたが、あらためて京都一部に移ってきて、青年会の末席に加えて頂き、この行脚に参加させて頂いたこと感謝致しております。ここで得たことを今後の糧として、日々精進していきたいと考えております。

辻本 哲史

ホームへ戻る
Copyright (C) 2001 日月光明舎 All Rights Resreved.