妙法蓮華経化城喩品第七
 仏(釈尊)、もろもろの比丘に告げたまわく、
「乃往過去無量無辺不可思議阿僧祇劫、そのときに仏いましき、大通智勝如来・応供・正知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と名づく。
 その国を好成と名づけ、劫を大相と名づく。もろもろの比丘、彼の仏の滅度よりこのかた、はなはだ大いに久遠なり。
 譬えば三千大千世界の所有の地種を、たとい人あって磨りもって墨となし、東方千の国土を過ぎてすなわち一点を下さん、大いさ微塵のごとし。
 また千の国土を過ぎてまた一点を下さん。かくのごとく展転して地種の墨を尽くさんがごとき、汝等が意においていかん。このもろもろの国土を、もしは算師もしは算師の弟子、よく辺際を得てその数を知らんや不や。」「(比丘が答う)不なり世尊。」
 「もろもろの比丘、この人の経るところの国土の、もしは点ぜると点ぜざるとを、ことごとく抹して塵となして、一塵を一劫とせん。彼の仏の滅度よりこのかた、またこの数に過ぎたること無量無辺百千万億阿僧祇劫なり。我れ如来の知見力をもってのゆえに、彼の久遠を観ることなお今日のごとし。」
 そのときに世尊(釈尊)、重ねてこの義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
「我れ過去世の無量無辺劫を念うに 仏両足尊いましき 大通智勝と名づく
 人あって力をもって 三千大千の土を磨って、このもろもろの地種を尽くして みなことごとくもって墨となし 千の国土を過ぎて すなわち一の塵点を下さん かくのごとく展転し点じて このもろもろの塵墨を尽くさんがごとし
 かくのごときもろもろの国土の 点ぜると点ぜざると等を またことごとく抹して塵となし 一塵を一劫とせん このもろもろの微塵の数に その劫またこれに過ぎたり
 彼の仏の滅度よりこのかた かくのごとく無量劫なり 如来の無碍智 彼の仏の滅度 および声聞・菩薩を知ること いまの滅度を見るがごとし もろもろの比丘まさに知るべし 仏智は浄くして微妙に 無漏無所碍にして 無量劫を通達す」
 仏(釈尊)、もろもろの比丘に告げたまわく、
「大通智勝仏は寿五百四十万億那由他劫なり、その仏、本道場に坐して、魔軍を破しおわって、阿耨多羅三藐三菩提を得たもうに垂んとするに、しかも諸仏の法現在前せず。かくのごとく一小劫ないし十小劫、結跏趺坐して身心動じたまわず。しかも諸仏の法なお在前せざりき。
 そのときに利の諸天、先より彼の仏(大通智勝仏)のために菩提樹下において師子座を敷けり、高さ一由旬。仏、この座においてまさに阿耨多羅三藐三菩提を得たもうべしと。適めてこの座に坐したもう。ときにもろもろの梵天王、もろもろの天華を雨らすこと、面ごとに百由旬なり。
 香風ときに来って萎める華を吹き去って、さらに新しきものを雨らす。かくのごとく絶えず十小劫を満てて仏を供養す。ないし滅度まで常にこの華を雨らしき。
 四王の諸天、仏を供養せんがために常に天鼓を撃つ。その余の諸天天の伎楽を作すこと十小劫を満つ。滅度に至るまでまたまたかくのごとし。もろもろの比丘、大通智勝仏十小劫を過ぎて諸仏の法いまし現在前して、阿耨多羅三藐三菩提を成じたまいき。
 その仏いまだ出家したまわざりしときに十六の子あり。その第一をば名を智積という。諸子おのおの種種の珍異玩好の具あり。父、阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たもうを聞いて、みな所珍を捨てて仏所に往詣す。諸母涕泣して随って之を送る。
 その祖、転輪聖王、一百の大臣および余の百千万億の人民と、みな共に囲遶して随って道場に至る。
 ことごとく大通智勝如来に親近して、供養・恭敬・尊重・讃歎したてまつらんと欲し、到りおわって頭面に足を礼し、仏を繞りおわって一心に合掌し、世尊を瞻仰して偈をもって頌して曰さく
 『大威徳世尊 衆生を度せんがためのゆえに無量億歳において しこうしていまし成仏することを得 諸願すでに具足したまえり
 善哉吉無上 世尊ははなはだ希有なり 一び坐して十小劫 身体および手足 静然として安じて動ぜず その心常に憺泊にして いまだかつて散乱あらず 究竟して永く寂滅し 無漏の法に安住したまえり いま世尊の安穏に仏道を成じたもうを見て 我れら善利を得称慶して大いに歓喜す
 衆生は常に苦悩し 盲冥にして導師なし 苦尽の道を識らず 解脱を求むることを知らずして 長夜に悪趣を増し 諸天衆を減損す 冥きより冥きに入り 永く仏の名を聞かず
 いま仏、最上安穏無漏の法を得たまえり 我れらおよび天・人これ最大利を得たり このゆえにことごとく稽首して 無上尊に帰命したてまつる』
 そのときに、十六王子、偈をもって仏を讃めおわって、世尊に法輪を転じたまえと勧請し、ことごとくこの言を作さく、
『世尊、法を説きたまえ、安穏ならしむるところ多からん。諸天・人民を憐愍し饒益したまえ。』
 重ねて偈を説いて言さく、
『世雄は等倫なし 百福をもってみずから荘厳し 無上の智慧を得たまえり 願わくは世間のために説いて 我れらおよびもろもろの衆生の類を度脱し ために分別し顕示して この智慧を得せしめたまえ もし我れら仏を得ば 衆生またまた然ならん
 世尊は衆生 深心の所念を知り また所行の道を知り また智慧力を知しめせり 欲楽および修福 宿命所行の業 世尊ことごとく知しめし已れり まさに無上輪を転じたもうべし』
 仏(釈尊)、もろもろの比丘に告げたまわく、
「大通智勝仏 阿耨多羅三藐三菩提を得たまいしとき、十方おのおの五百万億の諸仏世界、六種に震動し、その国の中間幽冥のところ日月の威光も照すこと能わざるところ、しかもみな大いに明かなり。
 その中の衆生おのおの相見ることを得て、ことごとくこの言を作さく、『この中にいかんぞ忽ちに衆生を生ぜる。またその国界の諸天の宮殿ないし梵宮まで六種に震動し、大光あまねく照して世界に満し、諸天の光に勝れり。』
 そのときに東方五百万億のもろもろの国土の中の梵天の宮殿、光明照曜して常の明に倍れり。もろもろの梵天王おのおのこの念を作さく、『いま宮殿の光明昔よりいまだ有らざるところなり。何の因縁をもってこの相を現ずる。』
 このときにもろもろの梵天王すなわちおのおの相詣って共にこの事を議す。しかも彼の衆の中に一りの大梵天王あり、救一切と名づくもろもろの梵衆のために偈を説いて言わく
 『我れらがもろもろの宮殿 光明昔よりいまだ有らず これはこれ何の因縁ぞ よろしくおのおの共に之を求むべし 大徳の天の生ぜるとやせん 仏の世間に出でたまえるとやせん しかもこの大光明あまねく十方を照す』
 そのときに五百万億の国土のもろもろの梵天王、宮殿とともに、おのおの衣をもってもろもろの天華を盛って、共に西方に詣いてこの相を推尋するに、大通智勝如来の道場菩提樹下に処し師子座に坐して、諸天・竜王・乾闥婆・緊那羅・摩羅伽・人・非人等の恭敬囲遶せるを見、および十六王子の仏に転法輪を請ずるを見る。
 即時にもろもろの梵天王、頭面に仏を礼し繞ること百千匝して、すなわち天華をもって仏の上に散ず、その所散の華須弥山のごとし。ならびにもって仏の菩提樹に供養す。その菩提樹高さ十由旬なり。
 華の供養おわって、おのおの宮殿をもって彼の仏に奉上して、この言を作さく、『ただ我れらを哀愍し饒益せられて、所献の宮殿願わくは納処を垂れたまえ。』
 ときにもろもろの梵天王、すなわち仏前において一心に声を同じゅうして、偈をもって頌して曰さく、
『世尊ははなはだ希有にして 値遇すること得べきこと難し 無量の功徳を具して よく一切を救護し 天・人の大師として 世間を哀愍したもう 十方のもろもろの衆生 あまねくみな饒益を蒙る 我れらが従り来るところは 五百万億の国なり 深禅定の楽を捨てたることは 仏を供養せんがためのゆえなり 我れら先世の福あって 宮殿はなはだ厳飾せり いまもって世尊に奉まつる ただ願わくは哀れんで納受したまえ』
 そのときにもろもろの梵天王、偈をもって仏を讃めおわって、おのおのこの言を作さく、『ただ願わくは世尊、法輪を転じて衆生を度脱し、涅槃の道を開きたまえ。』
 ときにもろもろの梵天王、一心に声を同じゅうして、偈を説いて言さく、
『世雄両足尊 ただ願わくは法を演説し 大慈悲の力をもって 苦悩の衆生を度したまえ』
 そのときに大通智勝如来、黙然として之を許したもう。
 またもろもろの比丘、東南方五百万億の国土のもろもろの大梵王、おのおのみずから宮殿の光明照曜して昔よりいまだ有らざるところなるを見て、歓喜踊躍し希有の心を生じて、すなわちおのおの相詣って共にこの事を議す。
 ときに彼の衆の中に一りの大梵天王あり、名を大悲という。もろもろの梵衆のために偈を説いて言わく、『この事何の因縁あって このごとき相を現ずる 我れらがもろもろの宮殿 光明昔よりいまだ有らず 大徳の天の生ぜるとやせん 仏の世間に出でたまえるとやせん いまだかつてこの相を見ず まさに共に一心に求むべし 千万億の土を過ぐとも 光を尋ねて共に之を推せん 多くはこれ仏の世に出でて 苦の衆生を度脱したもうならん』
 そのときに五百万億の、もろもろの梵天王、宮殿とともに、おのおの衣をもって、もろもろの天華を盛って、共に西北方に詣いてこの相を推尋するに、大通智勝如来の道場菩提樹下に処し師子座に坐して、諸天・竜王・乾闥婆・緊那羅・摩羅伽・人・非人等の恭敬囲遶せるを見、および十六王子の仏に転法輪を請ずるを見る。
 ときにもろもろの梵天王、頭面に仏を礼し繞ること百千匝して、すなわち天華をもって仏の上に散ず。所散の華須弥山のごとし。ならびにもって仏の菩提樹に供養す。
 華の供養おわって、おのおの宮殿をもって彼の仏に奉上して、この言を作さく、
『ただ我れらを哀愍し饒益せられて、所献の宮殿願わくは納処を垂れたまえ。』
 そのときにもろもろの梵天王、すなわち仏前において一心に声を同じゅうして、偈をもって頌して曰さく、
『聖主天中天 迦陵頻伽の声をもって 衆生を哀愍したもうもの 我れらいま敬礼す 世尊ははなはだ希有にして 久遠にいまし一たび現じたもう 一百八十劫 空しく過ぎて仏いますことなし 三悪道充満し 諸天衆減少せり いま仏世に出でて 衆生のために眼となり 世間の帰趣するところとして 一切を救護し 衆生の父となって 哀愍し饒益したもうものなり 我れら宿福の慶あって いま世尊に値いたてまつることを得たり』
 そのときにもろもろの梵天王、偈をもって仏を讃めおわって、おのおのこの言を作さく、『ただ願わくは世尊、一切を哀愍して法輪を転じ衆生を度脱したまえ。』
 ときにもろもろの梵天王、一心に声を同じゅうして、偈を説いて言さく、
『大聖法輪を転じて 諸法の相を顕示し 苦悩の衆生を度して 大歓喜を得せしめたまえ 衆生この法を聞かば 道を得もしは天に生じ もろもろの悪道減少し 忍善のもの増益せん』
 そのときに大通智勝如来、黙然として之を許したもう。
 またもろもろの比丘、南方五百万億の国土のもろもろの大梵王、おのおのみずから宮殿の光明照曜して昔よりいまだ有らざるところなるを見て、歓喜踊躍し希有の心を生じて、すなわちおのおの相詣って共にこの事を議す。『何の因縁をもって、我れらが宮殿この光曜ある。』
 しかも彼の衆の中に一りの大梵天王あり、名を妙法という。もろもろの梵衆のために偈を説いて言わく、
『我れらがもろもろの宮殿 光明はなはだ威曜せり これ因縁なきにあらじ この相よろしく之を求むべし 百千劫を過ぐれども いまだかつてこの相を見ず 大徳の天の生ぜるとやせん 仏の世間に出でたまえるとやせん』
 そのときに五百万億のもろもろの梵天王、宮殿とともに、おのおの衣をもってもろもろの天華を盛って、共に北方に詣いてこの相を推尋するに、大通智勝如来の道場菩提樹下に処し師子座に坐して、諸天・竜王・乾闥婆・緊那羅・摩羅伽・人・非人等の恭敬囲遶せるを見、および十六王子の仏に転法輪を請ずるを見る。
 ときにもろもろの梵天王、頭面に仏を礼し繞ること百千匝して、すなわち天華をもって仏の上に散ず。所散の華須弥山のごとし。ならびにもって仏の菩提樹に供養す。
 華の供養おわって、おのおの宮殿をもって彼の仏に奉上して、この言を作さく、
『ただ我れらを哀愍し饒益せられて、所献の宮殿願わくは納処を垂れたまえ。』
 そのときにもろもろの梵天王、すなわち仏前において一心に声を同じゅうして、偈をもって頌して曰さく、『世尊ははなはだ見たてまつり難し もろもろの煩悩を破したまえる者なり 百三十劫を過ぎて いますなわち一たび見たてまつることを得 もろもろの飢渇の衆生に 法雨をもって充満したもう 昔よりいまだかつて覩ざるところの 無量の智慧者なり 優曇波羅のごとくにして 今日すなわち値遇したてまつる 我れらがもろもろの宮殿 光を蒙るがゆえに厳飾せり 世尊大慈悲をもって ただ願わくは納受を垂れたまえ』
 そのときにもろもろの梵天王、偈をもって仏を讃めおわって、おのおのこの言を作さく、『ただ願わくは世尊、法輪を転じて、一切世間の諸天・魔・梵・沙門・婆羅門をしてみな安穏なることを獲、しかも度脱することを得せしめたまえ』と。
 ときにもろもろの梵天王、一心に声を同じゅうして、偈をもって頌して曰さく、『ただ願わくは天人尊 無上の法輪を転じ 大法の鼓を撃ち 大法の螺を吹き あまねく大法の雨を雨らして 無量の衆生を度したまえ 我れらことごとく帰請したてまつる まさに深遠の音を演べたもうべし』」
 そのときに大通智勝如来、黙然として之を許したもう。西南方ないし下方もまたまたかくのごとし。
 そのときに上方五百万億の国土のもろもろの大梵王、みなことごとくみずから所止の宮殿の光明威曜して、昔よりいまだあらざるところなるを覩て、歓喜踊躍し希有の心を生じて、すなわちおのおの相詣って共にこの事を議す。『何の因縁をもって、我れらが宮殿この光明ある。』
 しかも彼の衆の中に一りの大梵天王あり、名を尸棄という。もろもろの梵衆のために偈を説いて言わく、『いま何の因縁をもって 我れらがもろもろの宮殿 威徳の光明曜き 厳飾せること未曾有なる かくのごときの妙相は 昔よりいまだ聞き見ざるところなり 大徳の天の生ぜるとやせん 仏の世間に出でたまえるとやせん』
 そのときに五百万億のもろもろの梵天王、宮殿とともに、おのおの衣をもって、もろもろの天華を盛って、共に下方に詣いてこの相を推尋するに、大通智勝如来の道場菩提樹下に処し師子座に坐して諸天・竜王・乾闥婆・緊那羅・摩羅伽・人・非人等の恭敬囲遶せるを見、および十六王子の仏に転法輪を請ずるを見る。
 ときにもろもろの梵天王、頭面に仏を礼し繞ること百千匝して、すなわち天華をもって仏の上に散ず。所散の華須弥山のごとし。ならびにもって仏の菩提樹に供養す。華の供養おわって、おのおの宮殿をもって彼の仏に奉上して、この言を作さく、『ただ我れらを哀愍し饒益せられて、所献の宮殿願わくは納処を垂れたまえ。』
 ときにもろもろの梵天王、すなわち仏前において一心に声を同じゅうして、偈をもって頌して曰さく、『善哉諸仏 救世の聖尊を見たてまつるに よく三界の獄より もろもろの衆生を勉出したもう 普智天人尊 群萌類を哀愍し よく甘露の門を開いて 広く一切を度したもう
 昔の無量劫において 空しく過ぎて仏いますことなし 世尊いまだ出でたまわざりしときは 十方常に闇瞑にして 三悪道増長し 阿修羅また盛んなり 諸天衆転た減じ 死して多く悪道に堕つ 仏に従いたてまつりて法を聞かずして 常に不善の事を行じ 色力および智慧 これらみな減少す 罪業の因縁のゆえに 楽および楽の想を失い 邪見の法に住して 善の儀則を識らず 仏の所化を蒙らずして 常に悪道に堕つ
 仏は世間の眼となって 久遠にときにいまし出でたまえり もろもろの衆生を哀愍したもう ゆえに世間に現じ 超出して正覚を成じたまえり 我れらはなはだ欣慶す および余の一切の衆も 喜んで『未曾有なり』と歎ず
 我れらがもろもろの宮殿 光を蒙るがゆえに厳飾せり いまもって世尊に奉る ただ哀れみを垂れて納受したまえ 願わくはこの功徳をもって あまねく一切におよぼし我れらと衆生と みな共に仏道を成ぜん』
 そのときに五百万億のもろもろの梵天王、偈をもって仏を讃めおわって、おのおの仏に白して言さく、『ただ願わくは世尊、法輪を転じたまえ。安穏ならしむるところ多く、度脱したもうところ多からん。』
 ときにもろもろの梵天王、しかも偈を説いて言さく、『世尊法輪を転じ 甘露の法鼓を撃って 苦悩の衆生を度し 涅槃の道を開示したまえ ただ願わくは我が請を受けて 大微妙の音をもって 哀愍して 無量劫に習える法を敷演したまえ』
 そのときに大通智勝如来、十方のもろもろの梵天王および十六王子の請を受けて、即時に三たび十二行の法輪を転じたもう。もしは沙門・婆羅門、もしは天・魔・梵、および余の世間の転ずること能わざるところなり。
 いわく『これ苦・これ苦の集・これ苦の滅・これ苦滅の道なり。』
 および広く十二因縁の法を説きたもう『無明は行に縁たり、行は識に縁たり、識は名色に縁たり、名色は六入に縁たり、六入は触に縁たり、触は受に縁たり、受は愛に縁たり、愛は取に縁たり、取は有に縁たり、有は生に縁たり、生は老死・憂悲・苦悩に縁たり。無明滅すればすなわち行滅す、行滅すればすなわち識滅す、識滅すればすなわち名色滅す、名色滅すればすなわち六入滅す、六入滅すればすなわち触滅す、触滅すればすなわち受滅す、受滅すればすなわち愛滅す、愛滅すればすなわち取滅す、取滅すればすなわち有滅す、有滅すればすなわち生滅す、生滅すればすなわち老死・憂悲・苦悩滅す。』
 仏、天・人・大衆の中において、この法を説きたまいしとき、六百万億那由他の人、一切の法を受けざるをもってのゆえに、しかも諸漏において心解脱を得、みな深妙の禅定・三明・六通を得、八解脱を具しぬ。
 第二・第三・第四の説法のときも、千万億恒河沙那由他等の衆生、また一切の法を受けざるをもってのゆえに、しかも諸漏において心解脱を得。これより已後、もろもろの声聞衆、無量無辺にして称数すべからず。
 そのときに十六王子、みな童子をもって出家して沙弥となりぬ。諸根通利にして智慧明了なり。すでにかつて百千万億の諸仏を供養し浄く梵行を修して、阿耨多羅三藐三菩提を求む。
 ともに仏に白して言さく、『世尊、このもろもろの無量千万億の大徳の声聞は、みなすでに成就しぬ。世尊、またまさに我れらがために阿耨多羅三藐三菩提の法を説きたもうべし。我れら聞きおわってみな共に修学せん。世尊、我れら如来の知見を志願す。深心の所念は仏みずから証知したまわん。』
 そのときに転輪聖王の所將の衆中八万億の人、十六王子の出家を見てまた出家を求む、王すなわち聴許しき。
 そのときに彼の仏、沙弥の請を受けて、二万劫を過ぎおわって、すなわち四衆の中においてこの大乗経の妙法蓮華・教菩薩法・仏所護念と名づくるを説きたもう。この経を説きおわって、十六の沙弥、阿耨多羅三藐三菩提のためのゆえに、みな共に受持し諷誦・通利しき。
 この経を説きたまいしとき、十六の菩薩沙弥みなことごとく信受す声聞衆の中にもまた信解するあり。その余の衆生の千万億種なるはみな疑惑を生じき。
 仏この経を説きたもうこと、八千劫においていまだかつて休廃したまわず。この経を説きおわって、すなわち静室に入って禅定に住したもうこと八万四千劫。
 このときに十六の菩薩沙弥、仏の室に入って寂然として禅定したもうを知って、おのおの法座に昇ってまた八万四千劫において、四部の衆のために広く妙法華経を説き分別す。
 一一にみな六百万億那由他恒河沙等の衆生を度し、示教利喜して阿耨多羅三藐三菩提の心を発さしむ。
 大通智勝仏八万四千劫を過ぎおわって、三昧より起って法座に往詣し、安詳として坐して、あまねく大衆に告げたまわく、『この十六の菩薩沙弥ははなはだこれ希有なり。諸根通利にして智慧明了なり。すでにかつて無量千万億数の諸仏を供養し、諸仏の所において常に梵行を修し、仏智を受持し、衆生に開示してその中に入らしむ。汝等みなまさに数数親近して之を供養すべし。
 ゆえはいかん、もし声聞・辟支仏およびもろもろの菩薩、よくこの十六の菩薩の所説の経法を信じ、受持して毀らざらん者、この人はみなまさに阿耨多羅三藐三菩提の如来の慧を得べし。』」
 仏(釈尊)、もろもろの比丘に告げたまわく、
「この十六の菩薩は常に楽ってこの妙法蓮華経を説く。一一の菩薩の所化の六百万億の那由他恒河沙等の衆生は、世世に生まるるところ菩薩とともにして、それに従い法を聞いてことごとくみな信解せり。この因縁をもって四万億の諸仏世尊に値いたてまつることを得いまに尽きず。
 もろもろの比丘、我れいま汝に語る、彼の仏の弟子の十六の沙弥はいまみな阿耨多羅三藐三菩提を得て、十方の国土において、現在に法を説きたもう。無量百千万億の菩薩・声聞あってもって眷属とせり。
 その二りの沙弥は
東方にして作仏す。一を阿と名づけ歓喜国にいます、二を須弥頂と名づく。
東南方に二仏、一を師子音と名づけ、二を師子相と名づく。
南方に二仏、一を虚空住と名づけ、二を常滅と名づく。
西南方に二仏、一を帝相と名づけ、二を梵相と名づく。
西方に二仏、一を阿弥陀と名づけ、二を度一切世間苦悩と名づく。
西北方に二仏、一を多摩羅跋栴檀香神通と名づけ、二を須弥相と名づく。
北方に二仏、一を雲自在と名づけ、二を雲自在王と名づく。東北方の仏を壊一切世間怖畏と名づく。第十六は我れ釈迦牟尼仏なり。娑婆国土において阿耨多羅三藐三菩提を成ぜり。
 もろもろの比丘、我れら沙弥たりしとき、各各に無量百千万億恒河沙等の衆生を教化せり。我れに従って法を聞きしは阿耨多羅三藐三菩提をなしにき。このもろもろの衆生いまに声聞地に住せる者あり我れ常に阿耨多羅三藐三菩提に教化す。この諸人等、この法をもって漸く仏道に入るべし。ゆえはいかん、如来の智慧は信じ難く解し難ければなり。
 そのときの所化の無量恒河沙等の衆生は、汝等もろもろの比丘および我が滅度の後の未来世の中の声聞の弟子これなり。我が滅度の後また弟子あってこの経を聞かず、菩薩の所行を知らず覚らず、みずから所得の功徳において、滅度の想いを生じてまさに涅槃に入るべし。
 我れ余国において作仏して更に異名あらん。この人滅度の想いを生じて涅槃に入るといえども、しかも彼の土において仏の智慧を求めこの経を聞くことを得ん。ただ仏乗をもって滅度を得、さらに余乗なし。もろもろの如来の方便説法をば除く。
 もろもろの比丘、もし如来みずから涅槃とき到り衆また清浄に、信解堅固にして空法を了達し、深く禅定に入れりと知りぬれば、すなわちもろもろの菩薩および声聞衆を集めて、ためにこの経を説く。
 世間に二乗として滅度を得るあることなし。ただ一仏乗をもって滅度を得るのみ。比丘まさに知るべし、如来の方便は深く衆生の性に入れり。その小法を志楽し深く五欲に著するを知って、これらのためのゆえに涅槃を説く。この人もし聞かばすなわち信受す。
 譬えば五百由旬の険難悪道の曠かに絶えて人なき怖畏のところあらん。もし多くの衆あって、この道を過ぎて珍宝のところに至らんと欲せんに、一りの導師あり。聡慧明達にして、善く険道の通塞の相を知れり。衆人を将導してこの難を過ぎんと欲す。
 所将の人衆中路に懈退して、導師に白して言さく、『我れら疲極にしてまた怖畏す、また進むこと能わず。前路なお遠し、いま退き還らんと欲す』と。
 導師もろもろの方便多くして、この念を作さく、『これら愍れむべし。いかんぞ大珍宝を捨てて退き還らんと欲する。』この念を作しおわって、方便力をもって、険道の中において三百由旬を過ぎ、一城を化作して、衆人に告げて言わく、『汝等怖るることなかれ、退き還ること得ることなかれ。いまこの大城、中において止って意の所作に随うべし。もしこの城に入りなばこころよく安穏なることを得ん。もしよく前んで宝所に至らばまた去ることを得べし。』
 このときに疲極の衆、心おおいに歓喜して未曾有なりと歎ず。我れらいまこの悪道を免れて、こころよく安穏なることを得つ。ここに衆人前んで化城に入って、已度の想いを生じ安穏の想いを生ず。
 そのときに導師、この人衆のすでに止息することを得てまた疲倦無きを知って、すなわち化城を滅して、衆人に語って、『汝等去来、宝所は近きに在り。向の大城は我が化作するところなり、止息せんがためのみ』と言わんがごとし。
 もろもろの比丘、如来もまたまたかくのごとし。いま汝等がために大導師となって、もろもろの生死・煩悩の悪道、険難長遠にして去るべく度すべきを知れり。
 もし衆生ただ一仏乗を聞かば、すなわち仏を見んと欲せず、親近せんと欲せじ。すなわちこの念を作さん、『仏道は長遠なり。久しく勤苦を受けていまし成ずることを得べし』と。仏この心の怯弱下劣なるを知しめして、方便力をもって、中道において止息せんがためのゆえに、二涅槃を説く。
 もし衆生二地に住すれば、如来そのときにすなわちために説く、『汝等は所作いまだ弁ぜず。汝が所住の地は仏慧に近し。まさに観察し籌量すべし。所得の涅槃は真実に非ず。ただこれ如来方便の力をもって、一仏乗において分別して三と説く。』
 彼の導師の止息せんがためのゆえに大城を化作し、すでに息み已んぬと知って、之に告げて、『宝所は近きに在り、この城は実に非ず、我が化作ならくのみ』と言わんがごとし。」
 そのときに世尊、重ねてこの義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
「大通智勝仏 十劫道場に坐したまえども 仏法現前せず 仏道を成ずることを得たまわず 諸天神・竜王 阿修羅衆等 常に天華を雨らして もって彼の仏に供養す 諸天天鼓を撃ち ならびにもろもろの伎楽を作す 香風萎める華を吹いて 更に新しき好きものを雨らす
 十小劫を過ぎおわって すなわち仏道を成ずることを得たまえり 諸天および世人 心にみな踊躍を懐く
 彼の仏の十六の子 みなその眷属 千万億の囲遶せると ともに仏所に行き至って 頭面に仏足を礼して 転法輪を請ず 『聖師子法雨をもって 我れおよび一切に充てたまえ世尊ははなはだ値いたてまつり難し 久遠にときに一たび現じ 群生を覚悟せんがために一切を震動したもう』
 東方のもろもろの世界 五百万億国の 梵の宮殿光曜して 昔よりいまだかつて有らざるところなり 諸梵この相を見て 尋ねて仏所に来至し 華を散じてもって供養し ならびに宮殿を奉上し 仏に転法輪を請じ 偈をもって讃歎す
 仏時いまだ至らずと知しめして 請を受けて黙然として坐したまえり 三方および四維 上下またまたしかなり 華を散じ宮殿をたてまつり 仏に転法輪を請ず 『世尊ははなはだ値いたてまつり難し願わくは大慈悲をもって 広く甘露の門を開き 無上の法輪を転じたまえ』
 無量慧の世尊 彼の衆人の請を受けて ために種種の法 四諦・十二縁を宣べたもう『無明より老死に至るまで みな生縁に従って有り かくのごときもろもろの過患 汝等まさに知るべし』
 この法を宣暢したもうとき 六百万億 諸苦の際を尽くすことを得て みな阿羅漢と成る
 第二の説法のとき 千万恒沙の衆 諸法において受けずして また阿羅漢を得 これより後の得度 その数量りあることなし 万億劫に算数すとも その辺を得ること能わじ
 ときに十六王子 出家し沙弥となって みな共に彼の仏に 『大乗の法を演説したまえ』と請ず 『我れらおよび営従 みなまさに仏道を成ずべし 願わくは世尊のごとく慧眼第一浄なることを得ん』
 仏 童子の心 宿世の所行を知しめして 無量の因縁 種種のもろもろの譬喩をもって 六波羅蜜 およびもろもろの神通の事を説き真実の法 菩薩所行の道を分別して この法華経の 恒河沙のごとき偈を説きたまいき
 彼の仏 経を説きたまいおわって 静室にして禅定に入り 一心にして一処に坐したもうこと 八万四千劫
 このもろもろの沙弥等 仏の禅よりいまだ出でたまわざるを知って無量億の衆のために 仏の無上慧を説く 各各に法座に坐して この大乗経を説き 仏宴寂の後において 宣揚して法化を助く
 一一の沙弥等の 度するところのもろもろの衆生 六百万億 恒河沙等の衆あり 彼の仏の滅度の後 このもろもろの聞法の者 在在諸仏の土に 常に師とともに生ず
 この十六の沙弥 具足して仏道を行じて いま現に十方に在って おのおの正覚を成ずることを得たまえり そのときの聞法の者 おのおの諸仏の所にあり その声聞に住することあるは 漸く教うるに仏道をもってす
 我れ十六の数にあって かつてまた汝がために説きき このゆえに方便をもって 汝を引いて仏慧に趣かしむ この本因縁をもって いま法華経を説いて 汝をして仏道に入らしむ 慎んで驚懼を懐くことなかれ
 譬えば険悪道の 迥かに絶えて毒獣多く またまた水草なく 人の怖畏するところの処あらん 無数千万の衆 この険道を過ぎんと欲す その路はなはだ曠遠にして 五百由旬を経
 ときに一りの導師あり 強識にして智慧あり 明了にして心決定せり 険きにあって衆難を済う
 衆人みな疲倦して 導師に白して言さく 『我れらいま頓乏せり これより退き還らんと欲す』
 導師この念を作さく 『この輩はなはだ愍むべし いかんぞ退き還って 大珍宝を失わんと欲する』 尋いでときに方便を思わく『まさに神通力を設くべし』と 大城郭を化作して もろもろの舎宅を荘厳す 周匝して園林 渠流および浴池 重門高楼閣あって 男女みな充満せり
 すなわちこの化を作しおわって 衆を慰めて言わく『懼るることなかれ 汝等この城に入りなば おのおの所楽に随うべし』 諸人すでに城に入って 心みな大いに歓喜し みな安穏の想いを生じて みずからすでに度することを得つと謂えり
 導師息み已んぬと知って 衆を集めて告げて 『汝等まさに前進むべし これはこれ化城ならくのみ 我れ汝が疲極して 中路に退き還らんと欲するを見る ゆえに方便力をもって 権にこの城を化作せり 汝いま勤め精進して まさに共に宝所に至るべし』と言わんがごとく 我れもまたまたかくのごとし
 これ一切の導師なり もろもろの道を求むる者 中路にして懈廃し生死・煩悩のもろもろの険道を度すること能わざるを見る ゆえに方便力をもって 息めんがために涅槃を説いて 『汝等は苦滅し 所作みなすでに弁ぜり』と言う すでに涅槃に到り みな阿羅漢を得たりと知って しこうしていまし大衆を集めて ために真実の法を説く
 諸仏は方便力をもって 分別して三乗と説きたもう ただ一仏乗のみあり 息処のゆえに二を説く いま汝がために実を説く 汝が所得は滅に非ず 仏の一切智のために まさに大精進を発すべし
 汝 一切智 十力等の仏法を証し 三十二相を具しなば すなわちこれ真実の滅ならん 諸仏の導師は 息めんがために涅槃を説きたもう すでにこれ息み已んぬと知れば 仏慧に引入したもう」